標準化を極め精度を上げる 日本トップの手術成績誇る
「大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」では胸部・腹部大動脈瘤の外科的治療の適応は55mm以上とされている。川崎幸病院の大動脈センターでは、動脈瘤を切除し、人工血管に入れ換える「人工血管置換術」と、ステンレスなどでできた針金のバネが付いた人工血管を大動脈瘤部分に留置する「ステントグラフト内挿術」の両方を行っている。ガイドラインを踏まえ70歳以下の患者には前者を推奨、70歳以上の下行大動脈嚢状瘤、腹部大動脈瘤には後者を検討している。ステントグラフトは低侵襲ではあるが人工血管置換術に比べると歴史が浅く、血管が二車線になる解離性動脈瘤には適さない。同センターでは、長期予後を重視した治療戦略を立てている。
「ステントグラフトを入れるなら、10年後にリカバリーできるようにしておくべき。他院からの患者さんで、バイパスをつなげて元々の血管と形を変えてステントグラフトが入っているケースもあり、再手術時に想定外のことが起こることがあります。一方、当院の手術では解剖学的再建を行い、何かあった時には確立されたリカバリー法があります」
患者と術者双方の負担を軽減する新しいデバイスも開発されているが、安易に手を出さず、基本的には根治を目指す手術を優先して選択すると大島氏は言う。
「『新しいから』『楽になるから』を理由に選ぶことはありません。長期的な保障があれば使いますが、現状ではわれわれの開胸手術の方が成績が良いので、このまま続けて精度をさらに上げていく方針です」
同センターでは、手術の「標準化」を徹底している。大島氏の師匠である山本晋氏(※1)が2003年に川崎幸病院に大動脈センターを立ち上げた際、誰でも同じことができるように手術をシンプルにし、医師、看護師、臨床工学士らと共にプロセスを共有し、同じ手順・方法で手術を行うことを決めた。それを繰り返すことで精度や効率が上がり、同センターの手術成績は全国平均をはるかに上回っている。大島氏が着任した2011年には、標準化はほぼ完成されていたという。
「同じやり方であれば、不測の事態が起きても落ち着いて適切な対処ができますし、後から振り返りができます。組織を剝離する順番、吻合の道具や手順、器械を置く場所も全て決まっています」
弓部大動脈の人工血管置換術であれば、正中切開をして人工心肺を確立する。冷やした血液を流すことで全身を20度まで冷却。上行大動脈を遮断し心筋保護液を注入して心臓を保護する。心停止後に血液循環も停止するため、脳の血管にチューブを挿入して脳灌流を行うことで脳の血流を維持する。動脈瘤を切除し、人工血管を吻合したら人工心肺を再開。心臓が動いていることを確認したら人工心肺から離脱し、閉胸。手術はおよそ4時間で終了する。
「傷のトラブルを考慮するなら、手術は8時間以内で組み立てなければならない。それ以上かかるようなら、プラン自体を見直す必要があります」
とはいうものの、同センターでしか手掛けられないほどの重症疾患においてはイレギュラーなケースもある。つい最近、10時間を要した緊急手術があった。50代男性、胸腹部大動脈瘤II型、下行大動脈から総腸骨動脈に70mmほどの大動脈瘤があり、BMI33で110kg以上ある患者の再手術。1800例のキャリアがある大島氏をして「最大手術」と言わしめるほどだったが、何とか手術を終えて集中治療室に送ることができた。
「紹介元の医師に『手術してもいいけれど、足は動かなくなるし命の保証もできない』と言われたそうです。紹介状も簡素なものでした。それでも、当院にたどりついてくれてよかったという思いです」
※1「ドクターの肖像」2018年3月号掲載