睡眠領域の“何でも屋” 小児を対象とした睡眠外来も
他院では難しいとされる症例にも丁寧に対応していく中で、次第に睡眠領域の“何でも屋”としての立ち位置を確立していった。睡眠障害には6つの群からなる50以上の疾患があるが、執筆した論文は6つの疾患群全てに及ぶこともその証である。
そうした中で、さらなるステージへの扉が開いた。国立精神・神経医療研究センター病院の栗山健一氏(現・睡眠・覚醒障害研究部部長)から、臨床検査部睡眠障害検査室の医長として誘いを受けたのだ。
こうして2019年に同院へ着任。2022年には睡眠障害センター長に就任した。重軽症問わず、睡眠障害に関わる疾患は何でも診るというスタンスは着任当初から変わらない。重度の不眠症やナルコレプシーを中心とした中枢性過眠症、夢遊症のような睡眠時随伴症など、かかりつけ医や一般の精神科では治療が難しい患者に対応する。また、日中の眠気を評価するためのMSLT(反復睡眠潜時検査)など、実施できる医療機関が限られる特殊な検査にも対応している。
「睡眠障害の患者さんは、精神疾患を併発していることも多いですが、そうした患者さんも総合的に判断できること、また、小児も診られることは当センターの強みです。他院で治療が難しい患者さんもうちが引き受ける。それがナショナルセンターとしての役割だと思っています」
人間が生きる上で欠かせない睡眠だが、実は精神科医の中でも睡眠障害を正しく診察・治療できる医師は多くはない。そのため現在は、睡眠障害をしっかり診ることができる後進の育成にも力を注ぐ。
「当センターには、睡眠学コースというプログラムがあります。2年間みっちり学んでもらい、修了時には一般的な睡眠障害は一通り診られるように教育しています」
2024年からは、小児の治療を強化するため、小児科医にも協力を仰ぎ、全国でもまれな「小児睡眠障害外来」を開設した。
「本来、子どもや10代は不眠症にはならないはずです。若い世代で夜眠れないケースは、不眠症ではなく概日リズム・睡眠覚醒障害を疑います。これは本人の睡眠リズムが、社会的に望ましい入眠・起床時刻からずれてしまう障害です。その場合、単に睡眠薬を投与しても効果は期待できず、メラトニン系の薬剤や高照度光療法などが効果的です。当センターでは入院下に午前中2時間の高照度光療法を実施し、睡眠リズムをコントロールする治療を行っています」
睡眠・覚醒リズムの後退により朝起きられず、学校を休む日が続けば、人生の選択肢も狭まる。「怠け」だと周囲から理解されず、最悪の場合は自死に至るケースもある。医療でできることは限られているが、それでも「現実的な今後の方向性を示す」ことが重要だと松井氏は考える。
「眠れない原因は病気だけではないこともありますし、反対に、単なる寝不足が不登校や体の不調などさまざまなトラブルを引き起こしていることもある。その可能性に気付かせることも、大きな意味があると思っています」