ケロイド治療に生涯を懸ける 日本人だからこそ意義ある研究
ケロイド・肥厚性瘢痕など傷あと治療を生涯のテーマと定めたのも、メカノバイオロジーに出合ったことがきっかけだ。これまで、ケロイドと診断された患者は「体質なので完治は難しい」と告げられてきた。しかし、ケロイドは痛み・かゆみを伴う大変不快なもの。膨らみを帯び、赤く目立つ醜状は本人にしか分からない苦しみがあり「精神的悪性疾患」とも言われる。
この分野において世界で最も先進的に臨床・研究に取り組む小川氏らのチームは、ケロイドができる原因、また、発生場所や重症度によって選択するステロイド・手術・放射線を用いた治療方法を開発し、ケロイドを治せる疾患に変えてきた。その功績を限られた誌面で語り尽くすことは困難だが、例えば、研究の中心に置くケロイド治療において、「張力がかかる方向にケロイドが悪化する」というメカニズムを世界で初めて発表したのは、小川氏らの研究室だ。
「ケロイドを縫い縮める手術では『手術創をジグザグに切ればきれいになる』と昔からいわれていましたが、理由は分かっていなかった。私たちはこのメカニズムを解明し、張力を解除するZ形成術を含む治療アルゴリズムを確立させてガイドラインにまとめました」
手術以外にも、ケロイド治療にはエクラー®プラスターというステロイドテープが有効であることを明らかにし、現在のケロイド治療の第一選択となった。さらには、血管内皮機能の低下がケロイドの悪化につながる可能性も突き止め、皮膚病とされてきたケロイドを血管病だと捉え直した上で新薬の開発にも挑んでいる。
ケロイド治療を日本人である小川氏が研究する意義は大きい。なぜなら、ケロイド発生には人種差があり、アジア人に多く、白人には少ないからだ。そうした事情の表れか、渾身の力を込めて書き上げたケロイド治療に関する論文が十分に理解されずに、あえなくリジェクトされてしまったこともある。しかし、どうしても納得がいかず、抗議の手紙を送ったところ、最終的にアクセプトされたこともある。
「一度駄目でも諦めず、自分の情熱を伝えることは重要だと痛感しました。世界中からケロイド治療に訪れる患者さんのためにも、私たちにしか解明できないことを明らかにしていきたい。それはケロイド治療において世界一の臨床と研究を行っている私たちの使命だと思っています」
強い情熱を持って病態を解明し、治療法を探求すると同時に、この知恵やスキルを広く発信する活動にも取り組んでいる。そのうちの一つが、産婦人科医と共に活動するOGOG project※だ。これは産婦人科医が帝王切開術後の創傷管理を向上させ、ケロイドを減らすことなどを目的としたプロジェクトである。術後、縫い目に沿ってケロイドが発生することはよくある。産婦人科のみならず、手術痕が残る手術を行う各科の外科医に対しても、どのように切ればケロイドが発生しにくいか、傷がきれいに治るかを伝えることも欠かせないライフワークとなっている。
※ 全国の若手~中堅産婦人科医を対象に適切な創部管理を教える、鳥取大学産婦人科小松宏彰氏がリーダーのプロジェクト。産婦人科医(Obstetrician and Gynecologist;OG)から産婦人科医(OG)へという意味を込めて「OGOG project」と称している。