世界初の医療機器を開発、納得感ある医療を目指すジェネラリスト 沖山 翔

医師のキャリアコラム[Challenger]

沖山 翔(アイリス株式会社 代表取締役/広域紋別病院 非常勤医師)

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/佐藤恵 撮影/緒方一貴

東京大学医学部卒、大都会の医療センター勤務、32歳で起業、世界最大級のピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ」優勝と、まばゆいキャリアを歩んできた沖山翔氏。しかし、その行間に目を凝らすと、患者にすごまれた新人医師、全国を渡り歩くバックパッカー、門前払いに苦心する若手起業家の姿が透けて見える。

沖山氏が代表を務めるアイリス株式会社は、身体診察をデータ化してAI解析するというプロダクトを創業から5年で製品化した。臨床医であり起業家、開拓者でもある沖山氏が目指すのは、「納得感のある医療」「社会の幸せ」と極めてシンプルだ。しかし、そのシンプルな答えにたどり着くまでには、自ら未知の世界へ飛び込み、貪欲に経験を積み重ねてきた。その歩みの意味を伺った。

都会のど真ん中から三次離島へ 本気でぶつかる医療に開眼

物作りが好きで、人が好き。小・中学校はアメリカ、高校はヨーロッパと、多彩な文化の影響を受けて育った沖山氏は、人と濃密に触れ合える医師を目指す。ジェネラルに診られる医師を目指し、初期研修先に選んだのは、東京都渋谷区にある日本赤十字社医療センター。多くの症例が診られる市中病院かつ、幅広い診療科がそろっている点が決め手となった。

都会ど真ん中の人口密集地のため、多様性を絵に描いたような毎日だった。救急科では、酔客の喧嘩や脱法ドラッグによる意識障害などは日常茶飯事。大晦日も元旦も関係ないヘビーな現場だったが、苦にならないほど体力も気力もみなぎっていた。

しかし、医師3年目を迎えた頃、焦りにも似た思いが沖山氏の胸に去来した。

「都会は経験できる医療の専門性は高い。ですが、都会の医療を受けているのは1億2000万人のうちの1、2割。他1億人は地方やへき地に暮らしており、むしろそちらがマジョリティ。大都会の対極を見たことがないとジェネラリストとして大局観を欠いた医師になってしまうと思いました」

自ら研修先を探し、石垣島にある沖縄県立八重山病院に問い合わせると、1年間の採用が決まった。沖縄本島から島に渡り、そこから別の船に乗り換えて行く二次離島から、さらに小型船などで行く三次離島で急患が出ると、沖山氏はドクターヘリで迎えに行き石垣島で治療した。島民全員の命を自分一人で預かるプレッシャーも経験した。

その後、日本赤十字社医療センターに戻り、救急科専門医を取得した後、再びへき地医療に従事する。行き先は、日本最南端の島・沖ノ鳥島。日本の排他的経済水域を維持するための重要拠点として護岸工事がなされている。沖山氏は、島の維持管理をする100人余りの作業員を乗せた無寄港船の船医として、3カ月の洋上生活を経験した。作業員にとっては1年分の収入を稼ぐ貴重な働き口だ。

ある時、作業員が重度の熱中症から無尿を呈していた。彼は腎臓の病気を隠して乗船していたのだ。沖山氏は、直ちに船を降りる必要性を説いた。男性は一度は了承したものの、夜中に沖山氏を呼び出して声を荒げた。

「兄ちゃん、俺は船から降りたら金がもらえないんだ。俺の代わりに家族を養ってくれるのか?その覚悟があって言ってるのか?」

医師6年目の沖山氏は、すごむ男性を前に一瞬怯みながらも、腹をくくってこう告げた。

「事情は理解できます。ですが、今すぐ治療しなければ、すでに1つしかない腎臓を失い透析になります。そうしたら、この仕事を続けることはできません」

男性は黙って沖山氏をにらみ続けたが、やがて観念したかのようにうなだれた。翌日、迎えの船に乗り本島へ戻った。

「正論やエビデンスではなく、本気でぶつからなければ患者さんの理解は得られない。きっと私があの男性の立場だったとしても、船を降りるだろうという覚悟が伝わったのだと思います。本気で話せば常に分かってもらえるという安直な結論にもできないのですが、それでも医療にとって大切なことを学びました」

20代では、100以上の看取りを経験した。家族への説明時には、悲しみに暮れる姿を見て、時には怒鳴られることもあった。しかし、どんな時でも大切なのは、誠意を尽くしてその姿を示すこと。生死に関わる救命救急の現場は、感情のぶつかり合いだ。エビデンスとして正しく最先端のことをやるのはスタートラインに過ぎず、患者や家族の納得感もまた重要なことだと分かった。

47都道府県・100施設を回り医療の無限の可能性に気付く

大都会とへき地での医療。振り子の振れ幅を最大化し続けるように経験を積んでいくと、これまで明確に言語化できなかった医療課題が輪郭を持ち始めた。

「医療資源は有限であり、医療制度は疲弊していく。だからといって費用対効果を追求する医療経済的な視点だけを考えるのではなく、医師と患者さんがどうつながっていくべきか、患者さんが『納得感』を持てる医療をどう提供していくか。それを考え始めました」

しかし、解決策を形にするにはまだ経験が十分ではなかった。沖山氏は、11カ月かけて47都道府県全ての病院を回ることにした。

「振り子の両極だけでなく、その間にある医療を自分の目で見なければ、医療課題の本質はつかめないと思いました」

勤務先で当直をすれば寝食が確保され、着替えはスクラブが貸与される。バックパッカーのように全国約100施設を回り、ホテルに宿泊したのはわずか10泊。眼科検診や学校健診、産業医、在宅医療など、さまざまな医療の現場を経験した。

中でも印象に残っているのは、ある地方での訪問診療だ。同行した看護師は鍵の開いている患者宅に入っていく。家人の気配はなく、廊下を進むと高齢の女性が布団に寝ている。聴診器で胸の音を聞き、「変わりはないですか」と問うものの、認知症で返答はない。看護師によると、家族は畑仕事に出ているのだという。枕元に薬を置いて辞去した。

沖山氏は、戸惑いながら考えた。これは誰にどんな価値を提供している医療なのだろう、と。そして1つの答えが見つかった。

「ご家族に安心を提供しているのだと思いました。定期的に医師が来て、おばあちゃんを診察してくれる。だから安心して仕事ができる。こういった医療の形もあるのだと気付きました」

100以上の施設での気付きは、少しずつ重なる部分がある。そのベン図的な重なりの中心には医療において最も重要なことが示されていた。「人の幸せにつながること」。これが医療の本質であり、守るべきものはここにあるのではないか。

「人類のあらゆる営みのゴールは、人が幸せになること。病気が治ることで幸せになる人もいるけれど、治らなくても幸せに生きる方法はある。前者は当然医療ですが、私は後者も医療の範疇だと思う。医師との関わりの中で納得して治療に向き合えるようにするのも、家族に安心を与えるのも医療。その視点に立つと、医療にできることがものすごく広がる」

こうして医療課題が明確になった医師7年目に、AI医療機器の開発を行う医療ベンチャー・アイリス株式会社を創業した。

身体診察をデータ化しAIでロストテクノロジー防ぐ

アイリスのファーストプロダクトは、咽頭カメラによるAI搭載インフルエンザ検査機器だ。インフルエンザ感染時には喉にインフルエンザ濾胞が発生するが、ベテラン医師でも判別は難しい。この機器では濾胞以外にもさまざまな変化を学習し、円滑な診療を実現した。開発プロセスにおける障壁について聞くと、「壁しかなかった」と苦笑した。

「AIの学習用データ、つまり大量の喉の画像が必要ですが、病院の診察で喉の写真は撮らないですよね?検査のデータはありますが、身体診察のデータはない。そこからのスタートでした」

アイリスの機器の白眉は、身体診察をデータ化し、AI解析した点にある。熱を測る、聴診器で胸の音を聞く、喉を観察するといった身体診察は最もプリミティブな医療行為であり、古来より繰り返されてきた。しかし、そのデータは各医師の経験値の中にしかない。医師が生涯をかけて習得した高度な技術を受け継いでいくべきだーー。

「患者さんに同意を取って喉を撮影してください」と協力を仰ぐべく、全国の病院を行脚することから始めた。

「忙しい診察の中でそんな時間はない、と門前払いも受けました。人手もお金も時間もなく、とにかく熱意を伝えるしかなかった」

そんな中、沖山氏が今も真摯に臨床を続けていることや、これまで多くの病院で勤務してきた経験は、現場の医師の同意を得る上でプラスだったという。

「お願い先の院長が富山出身だとしたら『富山の病院でも勤務したことがあるんです』と話す。自分で足を運んで現地の医療に関わりたいと思っていた気持ちが伝わったのだと思います」

最終的には、約100施設、1000人近くの医療従事者の協力を得て、1万人の患者データを集めた。その結果、2022年にAI搭載インフルエンザ検査機器が薬事承認および保険適用、2023年に47都道府県に医療機器が普及し、2024年には画像データベースが200万枚に到達。現在、約2000の医療施設に導入されている。今後データが増えればさらに精度が上がり、新機能が追加されるごとに別の疾患も鑑別可能になる。2025年10月には、新型コロナウイルス感染症を対象とする判定AIが薬事承認を得た。喉から分かる疾患は300種類にも及ぶと言われ、これほど多くの疾患が各専門医の匠の技のレベルで判別できるようになれば、患者や医師が享受する利益の大きさは言うまでもない。

サイエンスでヒューマンを補完し納得感を欠かない医療を

「名医」という言葉に象徴されるように、医師の仕事は他の職種に比べるとはるかに属人的だ。しかし沖山氏によると、医療も徐々に標準化されてきているという。2020年代に検査データをデジタル化しAIを活用する動きが生まれ、スマホやスマートウォッチが個人のヘルスケアデータと連動するようになった。今後は、電子カルテとの連携も可能になるだろう。加速度的な進化と不可逆性がデジタルの真骨頂である。その勢いは止められない。

沖山氏は医学をサイエンス、医療をヒューマンと捉え、AIを有効活用することによってヒューマンの質を高めるべく追求している。しかし、AIは究極のサイエンスだ。両者の長所を取り入れ、どのように発展的な結論を出すのだろうか。

「例えば、病院に行ったら血圧・体重を測り、喉の写真を撮って、全てAIが解析して患者さんを診断するとしたら、そのプロセスは全てサイエンスですよね。ただ、結果説明の際には、医師に直接聞きたいという人もいる。つまり『納得感』の部分は医師が負う。患者さんの行動変容が必要な場面では、納得感が大事です。もし将来『私はAIしか信じません』という人が出てくればそうすればよいだけで、全ては手段。ですが、幸いにしてまだそういう時代ではなく、人間の医師の説得力がとても高い意味を持つのが現代です」

この考えに至った背景には、医師個人の努力と献身によって何とか支えられている医療への疑問がある。沖山氏いわく、医師は命を救う使命感の下、全力を尽くして働いているにもかかわらず、必ずしも100の努力が100の価値に結び付いていないという。それは、大都会でもへき地の医療でもそうだ。そんな現状を変えたいと考えている。

「へき地の医療では、その時そこにいる医師の技量がその町の医療の限界になる。一方、都会では『3時間待ちの3分診療』なんて言葉もある。AIを活用すれば、医療の最適化に近づき、さらに時間的余裕もできるはず」

AIが診断を担うようになると、医師の仕事は変化するのか?

「例えば現在は、医師が100人いた時に、臨床以外の仕事をしているのは5人程度でしょうか。AIが医療に浸透することによって、あらゆる職種で1人が1.5人や2人分の仕事ができるようになってきます。そうすると、日中は病院で臨床、17時からは研究や創薬、機器の開発や行政に携わったりする選択肢も増えるかもしれません」

AIによって病院内のマンパワーが充足すれば、医師の活躍の場は無限の広がりを持つだろう。

「臨床は医療の唯一無二の土台です。しかし語学の資格を持つ人が、全員通訳業に就かないのと同じように、医師免許を持つ人が全員臨床医として一生を遂げないという考え方があってもいいのかもしれません。診察室の外にも医療を良くするためにできることは多くあるはずです」

納得感のある医療を目指し、「医療機器ではなく未来の“医療”そのものをつくっていきたい」と語る沖山氏。患者のデータを基にした医療機器開発によって、医師も患者も、未来の医療をつくっていける存在だと実感できる世の中になってほしいと言う。キーワードは「共創」だ。

「今日自分が受けた診察は昨日の患者さんのおかげであり、今日の自分は明日の患者さんを助ける。共創の輪が広がると、医療がみんなのものになる」

現在、その目標には何合目まで到達しているかと聞くと、「1、2合目ですかね」と謙虚だ。

「10合目に到達した時には世の中で『医療は自分たちでつくったもの』という考えが当たり前になっているはず。医療から悲しみはなくならなくとも、後悔はなくなっている姿が頂上です」

沖山氏は、理想の未来を描きながらも、足元をしっかり見ている。毎月一度、金曜日から月曜日までオホーツク海に面した広域紋別病院で救急科当直を受け持つ。この勤務も8年目。あくまでアイデンティティは臨床医だ。

これまでで最も影響を受けた人は、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏。研修医時代に2カ月間、緩和ケア科で間近にその仕事ぶりを見た。一度も口を開かなかった患者が、日野原氏が回診に来ると「また先生に会うためにあと一週間生きようと思います」と言う。日野原氏は「がんばってね」とほほ笑む。

「最高峰のヒューマンの力に触れられたのは私の財産です」

沖山氏は、エビデンスもサイエンスも包含したヒューマンな医療を目指し、前人未到の高い山を、目を輝かせた少年のように爽やかに登り続ける。

P R O F I L E
プロフィール写真

アイリス株式会社 代表取締役/広域紋別病院 非常勤医師
沖山 翔/おきやま・しょう

2010 東京大学 医学部 卒業、日本赤十字社医療センター 研修医
2012 日本赤十字社医療センター 救命救急センター(後期研修)
2013 沖縄県立八重山病院(石垣島)、ドクターヘリ添乗医
2014 日本赤十字社医療センター 救命救急センター
2015 沖ノ鳥島 船医(国土交通省事業)
2017 南鳥島 離島医(気象庁事業)はじめ累計100以上の施設に勤務、アイリス株式会社 創業

専門医・所属

救急科専門医
日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人工知能技術コンソーシアム医用画像ワーキンググループ発起人

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2026年1月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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