臨床、研究、行政。あらゆる境界を越えて活動する産婦人科医 鈴木 幸雄

医師のキャリアコラム[Challenger]

鈴木 幸雄(神奈川県立がんセンター 婦人科 医長)

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

婦人科腫瘍を専門とする臨床医としてのキャリアを築きながら、横浜市医療局への出向、アメリカへの研究留学、若手オピニオンリーダーとして厚生労働省の医師の働き方改革の推進に関する検討会や日本専門医機構への参加と、さまざまな分野で活躍してきた鈴木幸雄氏。

鈴木氏がキャリアの選択で大事にしているのは“キャリアドリフト”という考え方だ。大まかな方向性を決めて、後は流れに身を任せる。コロナ禍や社会情勢の影響で思い通りのキャリアが選べないこともある。だからこそ、「これからの時代、目標から逆算して考えるキャリアデザインだけでは追いつけなくなる」と語る。たとえ計画と違っていても、チャンスがあれば飛び込む。鈴木氏はそうやって次のステップへの扉を開いてきたのだ。さまざまな分野に手を広げていった先に何があるのか。その歩みを追いかけたい。

産婦人科医が激減「だったら自分がなろう」

「私の目標は、目の前の患者さんに世界最高の医療を提供することです」

臨床医として第一線を走りながら、婦人科がんの研究や行政での取り組みなど、勤務医の枠組みを超えた活動をしてきた鈴木幸雄氏。その活動の軸にあるのは何かと聞いた時、返ってきたのは冒頭の言葉だった。医師なら誰しもが目指すところだろう。しかし、鈴木氏はこの目標を本気で掲げ、本気で実現させようとしている。

小学生の頃から夢中になっていたのは野球だ。高校時代はエースとしてチームを県大会ベスト16へと導いた。旭川医科大学でも野球部に入部。大学では野球未経験者と共に1つの勝利をもぎ取る喜びを経験した一方、個人では北海道の選抜チームでエースとして投げ、全国大会で準優勝した。

スポーツドクターになり野球に関わろうと思っていたが、診療科選びでは産婦人科を選択。学生実習で腹腔鏡手術や体外受精などの先進医療を積極的に見せてくれる、オープンな雰囲気に魅力を感じた。それと同時に使命感もあった。ちょうどその頃、帝王切開手術を受けた産婦が死亡し執刀医が起訴された大野病院事件があり、産婦人科を志望する医師が激減していたのだ。

「だったら自分がなろうと思いました。僕の世代には、同じようなモチベーションで産婦人科医を目指した志高い医師が多くいます」

最も必要とされる場所で力を尽くしたい。大学卒業後、熱い思いを胸に、横浜市立大学産婦人科に入局。横浜市立市民病院での研修が始まった。

医局を越えた国内留学で独自のキャリア観を得る

全国屈指の人気病院に集まった研修医たちは、驚くほどハイレベルだった。

「これはかなわないなと。同期との差に圧倒されました」

実力のある同期たちの働きぶりに刺激を受けながらも、「自分が第一線で活躍するのは難しいかもしれない」と諦めを感じていた。ところが、医師になって5年目で思わぬ転機が訪れた。医局初の試みとして、医局間の人事交流で北海道大学産婦人科医局に国内留学することになったのである。赴任先の手稲渓仁会病院は、婦人科低侵襲手術で日本有数の症例数を誇っていた。

鈴木氏の臨床力はここで鍛えられた。同院に赴任してから3年間、毎年300例近くを執刀した。特に勉強になったのは、手技や手術へのアプローチ法についての考え方だ。医局が変われば、それまでのやり方が通用しない。一つ一つの手技に関して「なぜその方法を選ぶのか?」と聞かれて、うまく答えられなかった。

「ただ教わった通りにやっていただけで、自分の頭で考えていなかった。常識だと思っていたやり方以外にも方法があると知り、治療に対する考えや技術の幅が広がりました」

同院では自由な働き方をしている医師が多く、キャリアに対する考え方も変わった。

「1年のうちの半分を海外で活動している先生もいて、『明日からアフリカに行くから後はよろしく』なんて言われることも(笑)」

キャリアの正解は1つではない。自分らしいやり方・生き方を自由に選んでいい。そう思えたことは、その後の人生の選択に大きな影響を与えている。

キャリアドリフトの考えが前例なき行政への扉を開く

自分にしかできないことを見つけたい――。次に選んだのが研究の道。しかし、思い描いていた通りには進まなかった。がんの基礎研究を志したが、サブスペシャルティ専門医資格の取得と両立するために選んだ社会人大学院では子宮頸がん予防に関する調査研究のテーマが与えられた。いずれは海外留学をと考えていたが、それも基礎研究に関わっていなければ難しい。

「道が閉ざされたようで、悩んでいた時期です」

そんな時、上司から「視野を広げてみないか」と提案されたのが、横浜市医療局への出向だった。横浜市立大学から医師が行政に出向するのは極めてまれなこと。

「誰もやったことがないなら、やってみようと思いました」

前例のない挑戦に不安はなかったのだろうか。そう聞くと、「面白そうじゃないですか」と笑って答える。医局を越えて国内留学したのも、行政への出向も、鈴木氏にとってはワクワクする挑戦だったのだろう。

鈴木氏が大事にしている考えの一つに“キャリアドリフト”がある。目標から逆算してキャリアを描くのではなく、大まかな方向性だけを決めて、後は流れに身を任せる。

「5年後、10年後を想像して選択したとしても、それが本当にベストかどうかは分かりません。それなら、その時に興味を持ったことや、人との出会いで得られたチャンスを生かしていくほうがいい」

この考えが鈴木氏の特異なキャリアにつながっているのだ。

横浜市医療局ではさまざまな取り組みをスタートさせた。その一つが「YoMDB(Yokohama original Medical Data Base)」の立ち上げである。これは横浜市が保有する国民健康保険や後期高齢者医療制度などの情報を、医療政策に活用するためにデータベース化したビッグデータだ。鈴木氏は、医療と介護を連結させたビッグデータを基に実態分析を行い、論文にした。政策立案に向けた客観的なデータが取れるようになったことで、未来に備えた横浜市の在宅医療の体制整備が進んだ。

自身の研究に結び付いた活動もある。大学院でテーマにしていたHPVワクチンへの意識調査を、横浜市で同志5人と立ち上げた「YbiT(Yokohama Behavioral insights and Design Team)」という行動デザインチームで推進していた“ナッジ理論”と組み合わせたのである。ナッジ理論とは、選択を禁ずることも、経済的インセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を変容するための手法の一つで、医療分野でも患者の行動変容を促すものとして注目されている。鈴木氏が現在行っているHPVワクチンの接種促進活動にもナッジ理論は役立っている。

「正直、大学院でアンケート研究をしていた時は、これで世の中を大きく変えることができるのだろうかという疑問もありました。でも、ナッジ理論を学んだことで人々の行動を変えるアプローチが示せるようになった。自分にしかできないことが少しずつ見えてきました」

他にも心臓リハビリテーションの推進事業や、心血管疾患の再発防止への仕組み作りなど、自身の専門と異なる分野に苦戦しながらも次々と成果を上げていった。順風満帆に見えるが、病院とは異なる組織になかなかなじめず、疎外感を覚えることもあった。苦い思いもしたが、横浜市でレセプトデータを扱っていた経験から、思わぬ形で道が開けた。念願だったアメリカへの研究留学が決まったのである。

苦しかった米国留学生活 どん底から栄誉をつかむ

当時、アメリカで唯一の日本人婦人科腫瘍医として臨床研究をしていた松尾高司氏から、コロンビア大学のJason D. Wright氏を紹介してもらったのだ。Wright氏はビッグデータ研究の第一人者であり、婦人科腫瘍の臨床家でもある。

「実はコロンビア大学に留学して最初に与えられた仕事が、レセプトデータの解析だったんです。Wright先生は私の横浜での仕事はご存知なかったので、これは全くの偶然でした」

キャリアドリフトした先で、点と点がつながった。

憧れの海外留学は波乱の幕開けだった。2020年12月に家族を連れて渡米したが、到着した翌日から新型コロナウイルス感染症による外出自粛期間が始まり、そのまま大学には10カ月行けなかった。研究は進まず、悶々とする日々。当初は2年の予定だったが、「このままでは帰れない」と1年の延長を決意。研究にのめり込む一方で、生活は苦しくなっていく。

「給料は獲得した研究費と、ボスからの一部給与の支援だけ。家族分の数百万円の医療保険料はコロンビア大学が負担してくれましたが、それでもマイナス。足りない分は貯金を切り崩すしかなく、滞在が長引くほど負担は増えていきました」

全財産をつぎ込み、3年間で数千万円が消えた。「お昼はふりかけご飯か、安売りピザ一切れがほとんど。生活は本当にきつかったですね」と赤裸々に語ってくれた。取材する前、鈴木氏のことをさまざまな場所を器用に渡り歩いている人物だと想像していたが、そのイメージはまるで違っていた。鈴木氏は何度も挫折を味わいながら、どんな逆境でも泥くさく乗り越えてきたのだ。

アメリカに渡って3年。帰国後に努力はついに実を結ぶ。米国臨床腫瘍学会(ASCO)のメインセッションの発表者に選ばれた。

世界最大規模の臨床腫瘍学会で婦人科がん領域では1年に9人しか選ばれない栄誉あるポジションを得た快挙である。「40歳未満で子宮温存を希望する早期子宮体がん患者では、ホルモン療法によって長期生命予後を損ねないこと」を全米がん登録データから分析し、報告した。

「苦しかったけれど研究をやり抜いてよかった。この経験が財産になりました」

世界最高の医療を提供する 活動の原点にある思い

2019年から厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」の構成員に加わった。元々、医師の働き方に問題意識を持ち、検討会での議論を度々傍聴していたことがきっかけで、厚労省の担当者から声を掛けられたのだ。最年少の30代、しかも一医師の立場で国の専門家会議に招聘されるのは異例の抜てき。周囲からの期待も大きいが、鈴木氏に力みはない。

「月10回近い当直や呼び出しなど、私自身も相当な無理をして働いてきました。疲れた状態で診療を行えば医療の質は確実に落ちる。その状況を変えたい」

さらに2022年から2年間、日本専門医機構の理事を務め、現在も複数の委員会に参加している。「専門医育成の仕組みは専攻医の働き方に直結する。だからこそ、機構の中に若手・中堅医師が意見を言える場をつくっておきたい」と鈴木氏は言う。

2024年に帰国し、現在は神奈川県立がんセンターに勤務している。アメリカ留学中から取り組んでいるのが、“アウトカム・ヘルスサービス研究”だ。これは、医療が実際に患者にもたらす結果と、その医療体制・制度の在り方を検証する研究だ。

鈴木氏の研究テーマは、婦人科がん患者のオンコメノポーズ。がん治療による閉経のことで、卵巣の摘出で閉経になった患者に対してのホルモン補充療法の実態をビッグデータから分析している。がんが治ってもエストロゲンが減少することで骨粗しょう症や動脈硬化が進んでしまうことがあるが、これまで適切な治療をされずに放置されている患者が多かった。「がん治療によって生命予後やQOLが損なわれる女性の未来を改善したい」という思いで研究を進めている。

アウトカム・ヘルスサービス研究で分析するのは、治療の予後だけではない。

「例えば、ナッジによって行動を変えることや、医師の働き方改革によっても、患者さんへのアウトカムは変わる。さまざまなアプローチがあり、それらは目の前の患者さんに世界最高の医療を提供することにつながっているのです」

婦人科診療、がん予防の研究、ビッグデータ解析、日本専門医機構への参加、若手医師教育……これまでの鈴木氏の多彩な経験は、アウトカム・ヘルスサービス研究につながっていった。

しかし、日々、婦人科医としての診療をしながら、これだけ多くの活動をするのは並大抵のことではない。その原動力になっているのは臨床での体験だ。

婦人科では若いがん患者を何人も診てきた。今でも忘れられないシーンがある。若い母親が亡くなり、茫然と立ち尽くす父親と残された小さな子どもの後ろ姿。何と声を掛ければよいのか分からなかった。鈴木氏が“目の前の”患者にこだわるのは、助けられなかった悔しさがあるからだ。だから、どれだけ政策や組織づくりに関わろうとも臨床を離れるつもりはない。

「キャリアドリフトができたのは、先代の平原教授と現教授の宮城先生をはじめとする医局の温かいサポートがあったからこそ。今までバラバラに取り組んできたことを、これからはつなげて社会に役立てたい」

あらゆる境界を飛び越えながら、患者へのひたすらに真っすぐな思いを胸に、鈴木氏は大きな夢を追っていく。

P R O F I L E
プロフィール写真

神奈川県立がんセンター 婦人科 医長
鈴木 幸雄/すずき・ゆきお

2008 旭川医科大学 医学部医学科 卒業、横浜市立市民病院 初期研修
2010 横浜市立市民病院 産婦人科 後期研修
2011 横浜市立大学附属病院 産婦人科
2012 手稲渓仁会病院 産婦人科 医員
2015 横浜市立大学附属病院 産婦人科 指導診療医、後に助教
2018 横浜市医療局 がん・疾病対策課 がん対策推進専門官
2020 横浜市立大学大学院 博士課程 卒業、コロンビア大学メディカルセンター 産婦人科 婦人科腫瘍部門 博士研究員
2024 国立病院機構横浜医療センター 産婦人科、神奈川県立がんセンター 婦人科 医長

主な受賞歴・発表歴

2017 Best Award Oral Session,AOGIN
2019 日本産科婦人科内視鏡学会 優秀査読者賞
2024 UJA(海外日本人研究者ネットワーク)論文奨励賞
2024 ASCO 2024,Oral Abstract Session 口演、日本臨床疫学会 データベース研究賞、Poster Winner of the 2024 CISNET Annual Meeting(アメリカ国立がん研究所)

専門医・認定医

日本専門医機構産婦人科専門医
日本産科婦人科学会産婦人科指導医
日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医・指導医
日本臨床細胞学会細胞診専門医
日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医・指導医
日本臨床疫学会 臨床疫学上席専門家
日本がん治療認定医機構がん治療認定医
日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医(腹腔鏡)

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2026年3月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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