体系的な学びを求めて渡米 内科研修医からのスタート
感染症に関心を持ち、自ら学びを深める中で、貴重な出会いにも恵まれた。日本感染症教育研究会(IDATEN)のメンバーとの出会いである。IDATENには飯塚病院のOB・OGも多く、岡本氏が3年目の時、同院で開催されたセミナー合宿に参加する機会を得た。
そこでは、アメリカで感染症トレーニングを受けた矢野晴美氏(※2)、大曲貴夫氏(※3)ら第一線で活躍する医師たちと出会い、「臨床感染症にこれほど真剣に取り組んでいる医師がいるのか」と強い印象を受け、この分野へますます傾倒していった。
その後、2008年に東京大学へ戻り、感染症内科の専門研修医として勤務を開始した。優秀な人材と豊富な症例に恵まれ、がむしゃらに働く日々の中で忘れることのできない患者がたくさんいた。
その一人は、階段から転落して救急外来を受診した患者で、発達遅延があり既往歴も多く、本人から十分な問診ができなかった。複数の専門診療科にコンサルトされたものの異常は指摘されず、最終的には誤嚥性肺炎が疑われ内科入院となった。しかし、岡本氏が状況を把握するため家族に連絡したことで、髄膜炎の可能性が浮上する。夜間ではあったが急ぎ髄液穿刺を行った結果、白血球がほとんど認められないほど重症の肺炎球菌性髄膜炎であることが判明した。
「複数の診療科を経る中でバイアスがかかり、結果として正確な診断にたどり着くのに時間がかかってしまった。最初から患者さんの背景まで確認していれば、防ぐことができたのではないかと自問するに至りました」
自分自身の実力を高める必要性を感じ、感染症を体系的に学びたいと考えるようになった。
「東大には、一人でも際限なく学びを深められるような突出した人たちがいます。でも私はそうではない。だからこそ、より高みを目指すには体系的に学ぶ必要があると感じたのです」
そうして岡本氏が目指したのはアメリカだった。感染症科へ留学する選択肢もあったが、あえて内科の研修医として学び直す道を選んだ。
※2 「時代を支える女性医師」2014年7月号掲載
※3 「Challenger」2019年7月号掲載