見えない脅威と対峙し次代の医療を切り拓く感染症医 岡本 耕

医師のキャリアコラム[Challenger]

岡本 耕(東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 准教授)

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/横井かずえ 撮影/緒方一貴

見えない敵と向き合い続ける医師がいる。感染症専門医である岡本耕氏は、目の前の患者を救うと同時に、正しい感染症診療・感染対策の知識を広めることで人々の暮らしを守ってきた。耐性菌の拡大により、将来は今ある抗菌薬が使えなくなる可能性も指摘される中、その危機を食い止めるために臨床、教育、研究、感染制御の全てに力を注ぐ。

途上国医療やアメリカでの経験で培った知見を武器に、見えない脅威にどう立ち向かうのか。その問いに向き合い続ける岡本氏の軌跡を追う。

知識と実践の隔たり 海外で突きつけられた現実

国や地域を問わず働けて、自分の技術で誰かの役に立つ仕事に就きたいと考え、医学部に進学した。しかし、元々関心があったのは政治や経済、社会学、医療倫理といった社会の仕組みだ。そのため医学部で学ぶ内容と、自身の関心が結び付かないジレンマを抱えていた。

転機が訪れたのは、当時、東京大学の国際地域保健学教授だった若井晋氏(※1)に出会った時だ。若井教授の下で、長野の山村における地域医療や、南アフリカでの公衆衛生フィールドワークに参加する機会を得た。さらに医学部5年の自由選択期間では、国際協力機構(JICA)を通じて中米・ニカラグアでの地域保健強化プロジェクトで1カ月の実習を行った。自治医科大学出身の医師に随行して、途上国の医療の実情を目の当たりにした。

ピックアップトラックで何時間もかけて診療所に向かい、到着すると朝5時から列をなしている患者に対応する。採血機器すら十分にない環境の中で、子どもや妊婦、高齢者までを、自分と年齢の変わらない研修医が朝から晩まで診療し続けていた。

「他施設へ搬送するにも5時間以上を要し、検査もすぐにはできない。全てを自分一人で決断しなければなりません。私の知る医療とはまるで違う状況に、頭を殴られたようなショックを受けました」

その直後には、イギリスで1カ月、内科のローテーションも行った。そこでの経験も衝撃的だった。行った当日から「じゃあ、救急外来の患者さんをまず1人で診察してきて」と現場に送り込まれた。

しかし、学生だった岡本氏は、実際の患者への問診や診察、症例提示などの経験が少なかった。見たこともないほど足が腫れている患者を前に指導医にアドバイスを求めたところ「蜂窩織炎だよ。当たり前じゃないか」と、こともなげに返され、Common Diseaseですら診断できない自分に打ちのめされた。

20年経った今も鮮明に思い出す、イギリスでの臨床の本質に気付かされた出来事がある。内科チームの回診で、肝硬変の患者について指導医から出身地を確認されたが、答えることができなかった。飲酒歴や喫煙歴といった情報は把握していたものの、出身地を確認する発想がなかったからだ。しかし、この問いには意味があった。アイルランドでは、全身の臓器に鉄が蓄積する先天性疾患であるヘモクロマトーシスの発症が、他の地域より多い傾向があり、出身地の確認が診断の手掛かりとなることもある。疾患と生活背景を結び付けて考える重要性を、強く認識させられる出来事だった。

「大学では最先端の知識を学んでいました。しかし、最新知識を学ぶことと、現場で知識を生かして問題解決することは全く別物だと思い知らされました」

※1 「ドクターの肖像」2001年2月号掲載

感染症領域との出合い 社会医学とも結び付く

こうした経験から、臨床研修の重要性を強く実感した。複数の病院を見学する中で、あえて東京を離れ、異なる環境で研修を積むことを決意する。そして、研修体制が充実した福岡県の飯塚病院を研修先に選んだ。この選択が、後に岡本氏を感染症分野へと導くことになる。

飯塚病院では、都市部では得難い医師と患者の距離の近さの中で、多くのことを患者から学んだ。がんで入院していた患者の退院後、その人が営む小料理屋を訪ねたこともある。

「医師と患者という関係にとどまらず、一人の人がどのように生活し、病気を経て再び日常に戻っていくのか。その姿を間近で見ることができました」

当初は消化器内科や外科系など、手技を要する診療科を検討していた。しかし、救急外来で経験を積む中で、あることに気付く。救急搬送されてくる患者やさまざまな診療科に入院する患者に、感染症によって苦しんだり、命を落とす人が少なくない一方、感染症診療を専門に担う医師がいないという現実だった。

それをきっかけに「感染症をより深く学ぶことで、治療のアウトカムを変えられるのではないか」と考えるようになった。それは元々関心のあった、社会医学とも結び付きの強いものでもあった。

体系的な学びを求めて渡米 内科研修医からのスタート

感染症に関心を持ち、自ら学びを深める中で、貴重な出会いにも恵まれた。日本感染症教育研究会(IDATEN)のメンバーとの出会いである。IDATENには飯塚病院のOB・OGも多く、岡本氏が3年目の時、同院で開催されたセミナー合宿に参加する機会を得た。

そこでは、アメリカで感染症トレーニングを受けた矢野晴美氏(※2)、大曲貴夫氏(※3)ら第一線で活躍する医師たちと出会い、「臨床感染症にこれほど真剣に取り組んでいる医師がいるのか」と強い印象を受け、この分野へますます傾倒していった。

その後、2008年に東京大学へ戻り、感染症内科の専門研修医として勤務を開始した。優秀な人材と豊富な症例に恵まれ、がむしゃらに働く日々の中で忘れることのできない患者がたくさんいた。

その一人は、階段から転落して救急外来を受診した患者で、発達遅延があり既往歴も多く、本人から十分な問診ができなかった。複数の専門診療科にコンサルトされたものの異常は指摘されず、最終的には誤嚥性肺炎が疑われ内科入院となった。しかし、岡本氏が状況を把握するため家族に連絡したことで、髄膜炎の可能性が浮上する。夜間ではあったが急ぎ髄液穿刺を行った結果、白血球がほとんど認められないほど重症の肺炎球菌性髄膜炎であることが判明した。

「複数の診療科を経る中でバイアスがかかり、結果として正確な診断にたどり着くのに時間がかかってしまった。最初から患者さんの背景まで確認していれば、防ぐことができたのではないかと自問するに至りました」

自分自身の実力を高める必要性を感じ、感染症を体系的に学びたいと考えるようになった。

「東大には、一人でも際限なく学びを深められるような突出した人たちがいます。でも私はそうではない。だからこそ、より高みを目指すには体系的に学ぶ必要があると感じたのです」

そうして岡本氏が目指したのはアメリカだった。感染症科へ留学する選択肢もあったが、あえて内科の研修医として学び直す道を選んだ。

※2 「時代を支える女性医師」2014年7月号掲載

※3 「Challenger」2019年7月号掲載

米国感染症科フェローとして圧倒的な症例数と密度を経験

渡航先はハワイ大学だった。日本とは異なる医療システムや語学の壁に直面し、厳しい環境での研修が始まった。

「朝5時半から6時に夜勤から引き継ぎを受け、7時半にはカンファレンスが始まります。それまでに担当患者と新規入院患者を把握しなければなりません。平均在院日数も短く、入退院のたびにリーガル面も含めた膨大な文書作成が求められます。限られた労働時間の中で達成できなければ評価されず、実際に上級医が解雇される場面も見ました。人目を避けて朝4時に病院に入り、カルテを読むなど必死に働きました」

一方で、単なる労働ではなく「学び」としての充実感もあった。どんなローテーションでも週に半日はレクチャーなどに充てられ、文献を振り返る時間も確保されていた他、指導医との対話を通じた外来診療のトレーニングも充実しており、あらゆる面で、研修医がきちんと学べるよう配慮されていた。

3年間、徹底して内科の研修を受けた後、2013年にラッシュ大学医療センター・クック郡ストロージャー病院で感染症科フェローとなった。臨床トレーニングと医療疫学の研究体制が充実していたことが決め手だった。

ここでは、多様な国籍・人種・出身地の患者を通じて、幅広い感染症診療を経験した。流行性真菌症など日本ではまれな疾患に加え、HIV患者も非常に多かった。

感染症医は主にコンサルテーションを担い、2週間単位で30~50人の患者を担当する。指導医1人とフェロー1人がペアで、そこに研修医3、4人、学生、薬剤師がチームを組み、多い時には1日10人以上のコンサルトを受けることもあった。感染症医や指導医の数も多く、600~700床規模の病院に感染症科だけで約20人の指導医が在籍。さらに隣接する公立病院との合同カンファレンスでは、約30人の感染症医が集まった。

「日本では考えられない症例数と密度に圧倒されました。また、これだけ多くの感染症医が集まると、それぞれの専門性や診療アプローチも異なります。彼らと共に働く中で、自分の引き出しが確実に増えました」

コンサル文化を根付かせる 診療科を越えた教育に注力

6年間のアメリカ生活を終え、2016年に帰国。東大病院感染症内科を経て、2023年に東京医科歯科大学(現・東京科学大学)大学院統合臨床感染症学分野の准教授に就任した。現在は、アメリカで培った知識を基盤に、臨床、教育、研究、感染対策に取り組んでいる。

主な任務の一つは、他科からの依頼を受けて行う入院患者の診療支援だ。岡本氏と指導医2人の3人で、年間800~900件の症例に対応する。感染症医の数が限られる日本において、「まずはコンサルテーションを文化として根付かせることが重要。そのために診療科の垣根を越えて現場に足を運び、適切な感染症診療を共に経験してもらうことを意識しています」と語る。

また、感染症に関する正しい知識を持つ医師を育成するために、教育にも力を注ぐ。アメリカで学んだ体系的な教育を取り入れた結果、東京大学では研修医が選ぶ優秀指導医賞を5回受賞した。

「私が何か特別なことをしたというより、自分が卒業以来、日米さまざまな施設で受けてきた教育の良いと思うところを、若い方に同じように提供しようとしただけです。さらに、指導医や専攻医も含めた屋根瓦方式を取り入れ、仕組みとして全体の知識と技術が向上するよう意識しました。そうした点が評価されたのかと思います」

教育への情熱は学内にとどまらない。現在はIDATENの代表世話人として、感染症科に限らず幅広い診療科の医師やコメディカルを対象に、日本全国の感染症診療のボトムアップにも取り組んでいる。根底にあるのは、限られた感染症医に依存せず、組織として患者を守れる体制整備と、それによって一人でも多くの患者を救いたいという思いだ。

「日本には約34万人の医師がいますが、感染症専門医は約2000人、実際に主軸として活動する医師は500人程度と考えられます。二次医療圏に専門医が一人もいない地域も珍しくありません。だからこそ、学会以外にも学びの場を持つ意義がある。多様な人と関わることで、臨床、教育、研究、行政、感染対策といった領域をつなげていくことを目指しています」

薬剤耐性菌・新興感染症対策 感染症領域最大の課題に挑む

臨床と教育に取り組む一方で、感染対策も重要な課題として位置付けている。中でも要となるのが手指衛生の徹底だ。

一見すると単純に思えるが、患者と医療従事者を感染から守るには、こうした基本を継続することが最も確実な方法である。しかし、世界的に見ても手指衛生の遵守率は40%程度にとどまるという。

「これは単に不真面目な医療従事者がいるという問題ではありません。仕組みや内外の要因が重なった結果です。日本の医療現場で手指衛生の改善を担っているのは、主に感染管理認定看護師の皆さんですが、私はその川上にある仕組みの改善に関わりたいと思っています」

視野の先にあるのは、数十年後、数百年後も、今ある薬で命を救える未来だ。薬剤耐性菌の拡大が世界的な課題となる中、対策を講じなければ2050年には年間1000万人が死亡し、その数はがんによる死亡を上回るとの推計もある。

「COVID-19のような新興感染症あるいは再興感染症は、10年に一度は世界的規模で問題となり注目されますが、薬剤耐性は人知れず起こっているサイレントパンデミックと言われます。対策を怠れば、将来使える抗菌薬がなくなる可能性もある。そうならないためには、手指衛生による伝播予防と抗菌薬の適正使用を両輪で進める必要があります。迅速な診断と治療に加え、感染症を起こさない仕組みづくりも同じくらい重要。これらを支える知見を確立するための研究に力を入れています」

COVID-19は、感染制御の重要性と、その難しさの両方を人類に突きつけた。歴史を振り返れば、パンデミックは繰り返されている。そのたびに社会を守ってきたのは、日々の臨床と研鑽を積み重ねてきた医師たちだ。次に訪れる危機の最前線に立つ存在――その先頭に、私たちが彼の姿を見るのは間違いないだろう。

P R O F I L E
プロフィール写真

東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 准教授
岡本 耕/おかもと・こう

2005 東京大学医学部卒業、飯塚病院 初期研修医
2007 飯塚病院 内科系後期研修医
2008 東京大学医学部附属病院 感染症内科 専門研修医
2010 東京大学医学部附属病院 感染症内科 特任臨床医、米国ハワイ大学内科レジデント
2013 米国ラッシュ大学医療センター・クック郡ストロージャー病院 感染症科フェロー
2015 同院 感染症科・医療疫学(CDC Epicenter Program)フェロー
2016 東京大学医学部附属病院 感染症内科 助教
2018 同院 感染症内科 特任講師
2023 東京医科歯科大学大学院 統合臨床感染症学分野 准教授
2024 東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 准教授

専門医・指導医

日本感染症学会感染症専門医・指導医
日本内科学会内科認定医・総合内科専門医・指導医
米国内科専門医
米国感染症専門医

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2026年7月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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