誰もが諦める状況、特殊なケースでも救う
順天堂大学呼吸器外科の方針は、たとえ数%の可能性でも諦めないこと。福井氏がそれを体現したのは赴任してすぐだった。
右肺の付け根に巨大な腫瘍があり、肺の全摘手術を予定していた70代の男性患者。福井氏の回診中に、男性は突然、激しい痛みを訴えて倒れ込んだ。入院時から巨大な腫瘍によって気管支と肺動脈が押しつぶされていたが、その時点で8Lの酸素を吸引しなければならないほどの呼吸不全に陥っていた。この状態では手術は無理かもしれない……。
しかし、駆け付けた鈴木氏は迷わずこう言った。
「すぐに手術をしよう」
CT画像と患者の状態から換気血流比不均衡だと診断し、わずかな可能性にかけて手術を選択したのである。肺が縮んで位置がずれたことで、押しつぶされていた肺動脈が開通したことを見抜いた瞬時の判断は、目を見張るものがあった。誰もが諦めるような状況で、特殊なケースを的確に診断し、リスクの高い手術を成功させる。手術を終えた患者は入院前よりも元気になって帰っていった。その瞬間を目にしたことで福井氏の心に火がついた。
毎朝6時には病院に行き、終電で帰る日々。結婚したばかりの夫にも会えない日が続いたが、本人は「夫も同じような生活でしたから」と明るい。仕事に全力で打ち込める毎日は充実していて、技術を学べることが楽しくて仕方がなかったという。
「ワークライフバランスはもちろん大切だと思いますが、外科医として一番つらいのは自分の知識や技術が足りずに、患者さんにベストな医療が提供できないこと。だから、もっと学びたいという気持ちのほうが大きかったです」
自らを他大学から移ってきた“外様”と意識していたからこそ、順天堂大学の手術スタイルを誰よりも忠実に実践した。それがトップレベルの呼吸器外科医になる近道であり、確実な方法だと考えたからだ。最短で外科専門医と呼吸器外科専門医の資格を取得すると、さらに高みを目指していく。
「鈴木教授からは“石橋をたたき壊す女”と言われています(笑)」と教えてくれた福井氏。その真面目で慎重な性格を表すエピソードがある。
通常ならば適応外となるような症例でも、自らが「できる」と判断すれば手術に挑む鈴木氏のスタイルに異を唱えたことがあった。リスクの高い手術をすることが患者にとって最善の選択ではないかもしれない、という考えが拭えなかったからだ。
「本当にこの手術をしたほうがよいのでしょうか」
術前のカンファレンスで福井氏が放った一言に緊張感が漂う。しかし、鈴木氏はその意見に真剣に向き合い、なぜ手術をするべきなのかを丁寧に説明してくれた。その上で「もう一回患者さんと話してみよう」と言った。
しかし、患者の決意は変わらなかった。患者との信頼関係を十分に築いた上で、適応外の難手術にも応えられる。そんな技術力を持つ鈴木氏の域に自分も達したい――。その強い思いが、今も外科医として厳しい研鑽を積む原動力になっている。