生活を見て心の声を聞き、患者も家族も救う在宅精神科医 岡 瑞紀

医師のキャリアコラム[Challenger]

岡 瑞紀(医療法人社団 平郁会 みんなの戸塚クリニック 院長)

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/佐藤恵 撮影/和田夏央

65歳以上を対象にした令和4年度の推計によると、認知症罹患者は3人に1人とされている。痴呆症が認知症となって20年余り、社会の認知・理解は向上しつつあるが、患者や家族のケアについては課題が多くある。

認知症をはじめとする精神疾患を持つ患者は通院が困難なケースもあることから、岡瑞紀氏が院長を務めるみんなの戸塚クリニックでは、内科に加え精神科でも在宅医療を行っている。在宅精神科を常勤医が継続的に提供する医療機関は全国的にも少なく、同院は稀有な存在だ。患者や家族にとって医療へのアクセスは、社会との貴重な接点でもある。患者が好きで患者宅に行くのが楽しいという岡氏は「人の数だけ心があり、その在りようはみんな違う」と、正解のない医療にまい進している。

人は、長寿と引き換えにさまざまな機能を失っていくが、それが必ずしも不幸とは限らない。悩みながら走りながら「幸せとは何か」を探し続ける岡氏の思いと来歴を伺った。

寛容な「曖昧力」で受け止め患者と家族の心を映し取る

東京の北西部、自然豊かな東久留米市で生まれ育った岡氏の目には、幼い頃にテレビで見た難民キャンプの子どもたちの姿が焼き付いていた。満足に食べられず、病気で命を落とす子どもたちを助けたいと思ったのが小学校1年生くらいだったという。

「医療機器がなくても、自分一人しかいなくても、人を救える医師になりたいと思いました」

やがてへき地医療や離島医療に興味を持つようになった岡氏は、高校生になると自ら病院見学に行き、過酷な医療現場を目の当たりにした。しかし岡氏が目を奪われたのは、待合室で不安そうに座り込む付き添いの人や、医師から病状説明を受けて悲嘆にくれる家族たちの姿だった。病気そのものよりも不安や悲しみを抱える人の心に意識が向くのを感じた。

琉球大学医学部に入ると、知りたいことややりたいことに突き進む性分を発揮し、「地域医療研究会」「全人的医療を考える会」に参加。5年生になり、「何でもできる医師」を求めて進路に悩んでいた頃、先輩医師に「最終的に何がやりたいの」と聞かれてとっさにこう答えた。

「医療が必要な人にきちんと届けられるようにしたい。心身症によって不必要に救急車を呼んでしまう人たちを、未然に防ぎたい」

苦し紛れではあったが、本心でもあった。先輩は「それは、精神科だね」と言い、「人の心の声を大事にする感覚を磨いた方がいい」とアドバイスしてくれた。その言葉は岡氏の心に響いた。

「精神科は、自分の心に患者さんの心を映し取って理解することも必要。だから、医師として真っさらな状態の時に感覚を磨けということだったのでしょう」

岡氏は小学生で医師を志してからずっと、今の自分がすべきことは何かを考え、行動し続けている。その理由を聞くと、「こんな不完全な私があたふたとやっている姿を見て、患者さんが『それなら私も何かできるかも、やってみようかな』と思ってくれたら」と笑った。

精神科では、「完治」や「治療のゴール」が見いだしにくい。先の見えない道をひたすら歩き続けることは、患者にとっても医師にとっても容易ではないが、岡氏はそれが自分に向いていると語る。

「精神科では分からないこと、できないことをそのまま受け入れる『曖昧力』が大事で、私にはそれがあるのかもしれません。在宅医療では、この性格がプラスに働いていると思うんですよね」

答えを出さないことは、答えを出すよりも難しい。悩み続け、考え続ける胆力が必要だからだ。岡氏も、疲弊して心が折れ、患者の診断書が書けなくなったことがある。

「私にとっての原動力は、患者さんが『好き』という気持ち。もしそれがなくなってしまったら、医師を辞める時だと思っています」

人の心の声も自分の心の声も、大事にする。それができる岡氏が精神科医になったのは、必然だった。

病気が治ることと幸せは必ずしも一致しない

慶應義塾大学の精神科で初期研修を終え「一人前になるには10年、まんべんなく精神科医療を習え」という医局理念の下、東京・北多摩地区の国家公務員共済組合連合会立川病院に入職した。

立川病院では、精神疾患と身体疾患を併存する患者を診た。身体疾患が治癒しても精神疾患が残っていれば、患者の苦しみを完全に解決したとは言えない。治療することが、「死にたい」と言い続けている患者の「希望」を奪うことになりはしないか。病気が治ることと幸せは、必ずしも一致しないのではないか――。答えの出ない問いと闘い続けた。

立川病院に入職した2004年は折しも厚生労働省が痴呆症を認知症と言い換えたタイミングで、岡氏は同院で「もの忘れ外来」の立ち上げも任された。当時、認知症の知名度は低く、専門に扱う医師も少なかった。

「認知症の新薬が出始めて注目を集めましたが、分からないことばかり。それでも、何とかしたいという意欲はありました」

岡氏は国内外の学会に積極的に出席し、学んだことを講演会で伝える活動を行っていた。そんな時、ある講演会で出た、長年、認知症患者のサポートをしてきたケアマネジャーからの質問にはっとさせられた。

「認知症の進行を遅らせる薬は、悪魔の薬ではありませんか?認知症初期でまだらに記憶がある時はつらいけれど、進行しきったら多幸感が得られる人も多い。早く進行させる薬の方が人を幸せにするのではないですか?」

日々、患者のそばで見守ってきた人の言葉は重かった。そもそも認知症は年齢を重ねた副産物と考えれば、治療すべき対象でもない。むしろ、長く生きたことによる神様からのギフトと考えることもできるのではないか。認知症治療は、人間の不可侵領域に足を踏み入れることではないだろうか――。

「認知症になっても、安心して生きられる社会システムが必要だと考えるようになりました」

もの忘れ外来の立ち上げに奔走した後、2007年には精神科・神経科の専門病院である桜ケ丘記念病院に入職。ある日、隣のブースで診察しているベテランの男性医師の声が聞こえてきた。患者に、「お前はいろいろ考えなくていい、俺の言うことを聞いていればいいんだ」と言っていた。

「そんなことを医者が言うなんて、とびっくりしました。でも、それまでの関係性があるからこそ言えることで、そういう言葉で悩みを取り除くのもひとつの愛なのかと思って」

精神科医はこうあるべき、という理想が吹き飛んだ瞬間だった。自分の中のかせを外したことで患者対応のバリエーションは増えていき、さまざまなアイデアが湧いてくるようになった。しかし、まだ10年にも満たないキャリア。百戦錬磨の医師の中では、岡氏の声は届かない。

「何者でもない私が言っても意味がない。人に認められるような研究をしようと思いました」

慶應義塾大学大学院で4年間研究に励み、学位を取得。しかし、研究に取り組んでみて分かったのは、「自分には臨床が向いている」ということだった。これまで経験してきた精神科の現場と研究データの間にある乖離(かいり)に違和感を覚えたという。

「例えば、数値的には少し悪化しているけど、精神的な症状としては落ち着いている患者さんはよくいます。患者さんも医師も『よかったね』と言っているのに、データだけ見るとさらなる治療が必要となる。それに、実験マウスに負荷をかけてストレスを測っても、人が人間関係で感じるストレスとは全く異なるものだと思うのです」

nを集めて最大公約数を導き出す研究データの中に、これまで出会ってきた十人十色の患者はいなかった。

「やっぱり私は、患者さんのそばで関わることが好きなんだと再認識しました」

研究と並行して、保健所での専門医相談で認知症患者の自宅を訪れたり、家族会での講演活動なども行った。その中で、認知症と訪問診療の親和性を強く感じ始めるようになっていた。

患者の尊厳と命を守る方法を考え続け、探し続けている

その後、さちはなクリニックの副院長として精神科外来と精神科在宅医療の経験を経て、2025年にはみんなの戸塚クリニック院長に就任。現在は1日平均5~8軒の訪問診療を行っている。岡氏のように、常勤で訪問診療に従事する精神科医は全国的にも珍しい存在だ。

クリニックは内科、精神科、神経内科、皮膚科、眼科を標榜し、月曜から金曜までの定期訪問と、24時間365日の緊急往診の2部制で対応している。保育園年長、小3、小5の3人の子どもを育てる岡氏にとって、夜間や休日のオンコールがなく平日日中に集中してエネルギーを注げる今の勤務体制は、ワークライフバランスが取れている。

「以前は、家に帰っても患者さんのことをずっと考えているのが良い医師だと思っていましたが、切り替えができる今の方が仕事も家庭もうまく回っているように思います」

同クリニックでは、精神疾患を併発している患者の場合、基本的に内科医と精神科医がそれぞれ月に一度ずつ、看護師あるいはメディカルサポーター(運転やカルテの入力を行う医療秘書)と共に患者宅に向かう。医師は、ケアマネジャーやヘルパー、訪問看護師や訪問薬剤師など、多職種と連携して患者を診る。岡氏は子どもの頃、一人で患者を診られる医師になりたいと思っていたが、今となっては正反対だ。

「一人でなんて、おこがましい(笑)。みんなで協力してこそ多方面から患者さんを支えられるし、多くの患者さんに関われるのですから」

患者宅では外来で見えなかったことがたくさん見えてくる。ある患者の家には、もらってきたままの薬が大量に置いてあった。どんなに処方を工夫しても改善の兆しが見えないのは当然である。また、眠れないと訴える患者の家は分厚いカーテンで閉め切られていて、朝も夜もないような生活だった。

便秘と下痢を繰り返し、吐き気もあると訴える患者の家に行ってみると、濁った水の入ったペットボトルが100本くらい並んでいた。近くで見ると、カビや腐敗物が浮いている。患者は「飲んでいない」と言うが、恐らくこの水の誤飲が原因だ。しかし、勝手に捨てることはできない。「患者の尊厳」と「身体のリスク」、この両方を守るための策を練った。

「患者さんとケアマネさんと一緒に、『これはカビているから捨てよう』『これはきれいだから残そう』と1本ずつ確認しながらより分けました。一気に進めるのではなく、数回の訪問で段階的に処分しました」

ある女性患者の家には、カビの花の咲いた大量のヨーグルトの容器が床に敷き詰められていた。患者は「除霊に使うから捨てないで」と言っていたが、岡氏が「うちの子が、ヨーグルトのカップでロボットを作るって言って必死に食べてるんだけど、全然足りなくて。ちょっともらえないかな」と言うと「それならいいわよ」と笑った。

「詭弁(きべん)を弄(ろう)するようですが、うまくいくこともあるし失敗することもあります。尊厳を守りながら命を守る。そのために何をすべきかを考え続けています」

在宅医療も精神科医療も正解がないことを楽しみたい

診療に救われる患者がいる一方で、医療に依存しすぎるケースもある。医原性の病気に慎重な岡氏は、若い患者は2年で訪問診療を卒業し、社会との接点を持てるよう治療計画を立てている。

「つい最近、うれしいことがあって」と話してくれたのは、ある40代の女性のこと。コロナ禍以来、精神科病院への入退院を繰り返していたが改善せず、夫や子どもたちと離れるために実家へ戻ったタイミングで岡氏が訪問診療することになった。新聞紙を食べてしまったり、座っていられず歩き回ったり、水道の蛇口から水を飲んだりしていたが、治療を始めると少しずつ症状が和らいでいった。3人の子どもにも、1人ずつ、数時間ずつ、会ってもらうようにした。すると、みるみる元気になり、アパレル店でパートを始めたという。今ではインテリア部門のチーフとして仕事をしており、病気の再発もなく、訪問診療から外来に切り替えた。女性は、1年ほどで岡氏の元を卒業していった。

「精神科病院からの紹介状にはパーソナリティ障害でわがままな性格と書かれていたのですが、入院中、ご家族のことが気がかりだったのでしょう。そして、うつ病による不眠が原因だったから、薬が効いて、身体の回復とともに精神も回復した。人がガラリと変わり、本来の姿に戻れた。それがすごくうれしくて」

岡氏が「人を救いたい」という決意を貫き通したのは、自身が救われた経験があったからだ。

中学生の頃、生きることがつらい時期があった。次第に「死にたい」と口にするようになったが、周りは「そんなこと言っちゃダメだよ」と言うばかりで、苦しい胸の内を理解してはくれなかった。絶望的な気持ちになっていた時、クラスの友達の1人が「岡さんが決めたことならいいんじゃない」と言ってくれた。そして、こう続けた。

「でもね、死ぬって決めた日には私に電話してね。岡さんの最後の声を聞きたいから」

心が決壊し、涙が止まらなかった。その時の感情は、今も言葉にできない。ただ、「死にたい」は「生きたい」だということだけは分かった。

「私も、あの時の友人のように、心の深いところで患者さんに寄り添える医師でありたいと思っています」

在宅医療に興味を持つ医師へのメッセージを聞くと、「人が好きで正解がないことを楽しめるなら、挑戦してほしい」と言う。

「『精神科』とか『在宅医療』って検索した時点で、もうピンと来ているんです。もし合わなかったら方向転換すればいい。ぜひ飛び込んでほしいです」

取材後、岡氏の訪問診療に同行させてもらった。どの家にも、家族のようにすっと溶け込んでいく。患者は安心して、体の不調や困り事、頭から離れない心配事を話す。それが何度繰り返されても優しくうなずく。診療後、居間に残る温かな空気は、岡氏が病気だけでなく“その人が生きる理由”に寄り添っている証のようだった。

P R O F I L E
プロフィール写真

医療法人社団 平郁会 みんなの戸塚クリニック 院長
岡 瑞紀/おか・みずき

2002 琉球大学 医学部 卒業、慶應義塾大学 医学部 精神神経科学教室
2004 国家公務員共済組合連合会 立川病院
2007 桜ケ丘記念病院 認知症治療病棟・シルバー外来
2011 慶應義塾大学大学院 医学研究科、慶應義塾大学病院 メモリークリニック
2015 さちはなクリニック 副院長
2018 みんなの戸塚クリニック(さちはなクリニック 副院長兼任)
2025 みんなの戸塚クリニック 院長

資格

精神保健指定医
精神科専門医
日本老年精神医学会認定専門医
医学博士

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2026年8月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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