総合診療の視点で不調を捉え、東洋医学を用いて改善へ導く漢方専門医 吉永 亮

医師のキャリアコラム[Challenger]

吉永 亮(飯塚病院 東洋医学センター 漢方診療科 診療部長)

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/和田夏央

飯塚病院の漢方診療科には、年間およそ1万5000人の外来患者が訪れる。4人の医師が在籍し、各診療科からの依頼で入院患者のサポートをするほか、全国でも珍しい起立性調節障害の入院治療も行っている。

診療部長を務める吉永亮氏は、総合診療医であり、漢方専門医でもある。離島や山間部のへき地診療所で1人医師をしていた経験から、「プライマリ・ケアや総合診療において漢方は欠かせない」と言う。冷え、疲れ、ストレス、不安……。そうした現代医学では効果的な治療法が乏しい患者の訴えに対し、症状を改善させることができるのが漢方なのである。

取材が始まるとすぐ、吉永氏は「寒くないですか?」と言ってエアコンの温度を調節しに行った。取材班がその対応に驚いていると、「漢方医は“冷え”にうるさいんです」とニコッと笑う。漢方の話をするとき、その表情は楽しそうに生き生きと輝く。日々の診療でどんな手応えを感じているのか。漢方医ならではの視点で患者に向き合う、吉永氏の挑戦を見に行こう。

現代医学を補完する選択肢の一つが漢方

風邪や消化器疾患など日常的によく診る疾患や、高齢者にも処方しやすい漢方薬は、医師の8、9割が診療に取り入れた経験があるといわれている。

高齢化が進む日本において、慢性に続く症状、機能性疾患、多疾患併存に対応できる漢方のニーズは拡大している。しかし、その専門的な問診と処方を指導できる医師は限られており、臨床に十分に生かしきれていないのが実情だ。漢方専門医の吉永亮氏は、どのような場面でその力を発揮させているのだろうか。

飯塚病院の内科に、憩室炎で入退院を繰り返す50代の女性患者がいた。絶食と抗生剤で治療したが、すぐに再発してしまう。2カ月のうちに3回入院し、4度目で困り果てた担当医から「一緒に診てほしい」と漢方診療科に声が掛かった。手術は受けたくないという患者に対し、漢方は最後の頼みの綱だった。吉永氏は患者の腹部の診察からあることに気付いた。炎症のある左下腹部だけでなく、右下腹部にも圧痛を認める。

「腸の炎症は“腸癰(ちょうよう)”と言い、血の巡りを良くして炎症を抑える“大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)”が用いられてきました」

処方の効果はすぐに現れた。前回の入院では食事を再開するとたちまち再発したが、今回は速やかに治癒した。患者は無事に退院し、その後1年経っても再発していない。

吉永氏はこの結果を内科学会誌で報告した。今回のように、標準治療に漢方薬を追加した症例では、「抗生剤が効いたのでは」、「自然治癒だろう」という解釈もできるため、漢方治療自体の有用性を証明することは難しい。それでも発信し続けるのは、漢方治療のエビデンスを積み上げていくため。そして一人でも多くの医師に漢方の有用性を知ってほしいからだ。

「標準治療を適切に行っていても症状が残る場合や、有効な治療の選択肢が限られているときなど、漢方は臨床の課題を補完できる可能性があります」

漢方は現代医学では手が届かない場所に一歩踏み込み、患者の症状を改善させるための手段の一つだと吉永氏は考えている。

患者が困っている症状に漢方の解釈で対応できる

吉永氏と漢方との出会いは幼少期までさかのぼる。

「風邪を引いて熱を出すと、近所の開業医の先生は漢方を処方してくれたんです」

記憶はそれだけではない。大学時代に微熱と倦怠感に悩まされたことがあり、総合診療科を受診したが原因が分からず、異変をくめなかった。ところが、その先生のところに行くと、漢方を処方されて症状が良くなったのだ。漢方は原因が特定できなくても治すことができるのか、と強く印象に残った。

自治医科大学を卒業後、吉永氏は福岡県にある飯塚病院で研修を受けた。総合診療医を目指し、いずれはへき地診療所に行くことになる。「それなら漢方を使えたほうがいいだろう」と漢方診療科の扉をたたいた。当時の診療科部長だった三潴忠道(みつまただみち)氏に師事し、週1回の外来研修が始まった。そこで見た漢方の診察風景は一風変わっていた。

「あなたは寒がりですか?暑がりですか?」

患者から一通り症状を聞いた後、三潴氏はこう続ける。「お風呂には長く浸かりますか?」「喉は渇きますか?」――。

漢方診療において患者の体質を詳細に把握し、陰陽の判定を行うことは、有効な漢方薬を処方する上で何よりも大切なのだ。

「これまで学んできた問診とは異なる質問ばかりで驚きました。漢方では患者さんの状態を、寒が主体の“陰”と、熱が主体の“陽”で捉えるのだと学びました」

身体の内部で“陰陽”の調和が保たれていることを健康な状態とし、特徴的な質問をすることでそのバランスを把握していく。“陰陽”に加えて、闘病反応を見る“虚実”や、生体を循環する“気血水”という概念が基本となる。

さらに脈診、舌診、腹診といった漢方ならではの診察がある。吉永氏は先輩医師の漢方外来に同席し、自らも実践しながら、脈に触れたときの深さや反発力、舌の形や色、腹部の圧痛の程度や抵抗度などの感覚的なスキルを身に付けていった。

西洋医学と全く異なる概念を学ぶことに、難しさや抵抗感を抱く医師も少なくないだろう。ハードルはなかったのだろうか。

「学ぶほどに、『これは漢方で治せそうだな』と思い当たる患者さんが、たくさん浮かんだのです。冷たいものを飲んだら下痢をする、寒くなると神経痛が悪化する、ストレスがかかると喉が詰まる……。今まで何もできなかった症状に対して、漢方の概念を当てはめれば解釈できる。どんどん面白くなっていきました」

こうした症状は診療の場でよく聞く訴えであるが、現代医学的な解釈は不可能で聞き流されてしまうことも多い。困っている患者の力になれることが、漢方を学ぶ原動力になっていった。

体質、生活習慣、気候まで 患者全体を捉える診療

医師4年目からは福岡県内の離島と山間地にある診療所で、1人医師として働き始めた。患者とじっくり向き合える診療は楽しかったが、焦燥感もあった。研修医時代の同期の多くは、大病院でそれぞれの専門性を磨いていたからだ。

「自分だけ取り残されたような焦りがありました」

自分の強みは何なのか――。悩みながら出した答えは、地域医療に根差した総合診療医として専門性を磨き、漢方に精通すること。吉永氏は、へき地診療所にいた6年間に、関連施設である頴田(かいた)病院で定期的に開かれていた、ピッツバーグ大学の家庭医によるレクチャーを受け、週1回は飯塚病院の漢方診療科の外来研修に通い続けた。地域で唯一のかかりつけ医として、ここで自分にできることを伸ばそうと心に決めた。

学びはすぐに実践につながった。地域の診療所には、なかなか風邪が治らない、介護で疲れている、不安で眠れない……といった困りごとで来院する患者も多い。そうした症状に漢方は想像以上に有効だったのだ。

山間地の診療所ではこんなことがあった。総合病院で帯状疱疹の入院治療を受けた80代の男性患者は、抗ウイルス薬の点滴を受けた後、自宅で鎮痛剤の服用を続けることになった。しかし、持病の脊柱管狭窄症による痛みと鎮痛剤の副作用による食欲不振が重なり、ベッドから起き上がれなくなっていた。妻から往診を頼まれた吉永氏は、患者宅へ向かった。

「足を触ると冷たくて、むくみもありました。漢方では鎮痛剤は体を冷やすとされている。これは陰(冷え)の病態だとピンときました」

すぐに鎮痛剤をやめ、神経痛とむくみに有効な“桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)”に、体を温める作用と鎮痛作用を強化する“ブシ末”を加えて処方した。冷えが取れると痛みがなくなり、患者は2週間で起き上がれるまでに回復。1カ月で歩けるようになった。

離島と山間地の診療所に3年間ずつ勤務したことで、気候や環境による処方傾向の違いも見えてきた。

「離島の生活は水と関連が強く、体内の水分バランスが乱れた状態である“水毒”を原因とする症状が多いので、利水作用のある漢方薬の処方が増えました。一方、山間地は標高が高く、気温が低いので“冷え”を訴える人が多い。さらに、車移動が中心で運動不足になりやすいため、血の巡りが滞った“瘀血(おけつ)”の状態の患者さんをよく診ました」

生活習慣や家庭環境から患者全体を診るプライマリ・ケアの視点に加えて、気候や自然環境まで大きく捉える診療ができることも、「漢方の面白さ」だと吉永氏は言う。地域医療で大いに漢方の手応えを実感し、さらに深く学ぼうと2013年から飯塚病院漢方診療科に移った。

漢方専門医の強みは概念に基づく深い考察力

慢性疾患に効果が高いイメージの漢方だが、急性疾患でも力を発揮する。

「そもそも漢方のバイブル『傷寒論』は、急性感染症の対処法について書かれたものです。その効果が示されたのが新型コロナウイルス感染症でした」

漢方では感染症発症後の病態を六病位という6つのステージに分類し、病期に応じて治療法を選択する。新型コロナ感染の急性期には、悪寒のある発症初期に用いる“葛根湯(かっこんとう)”と、遷延した感染症に用いる“小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)”を組み合わせると経過が良く、日本東洋医学会主導の臨床研究でその有用性が報告された。実はこの組み合わせは、大正時代の1918年に流行したスペイン風邪の治療に用いられた漢方治療が参考になっている。

未知のウイルス感染症に対して、西洋医学では治療薬やワクチンの開発に時間がかかるが、これまでの歴史から学び、すでにある薬を組み合わせることで多様な症状に対応できる漢方薬は、迅速に対処できる利点があった。

現在、吉永氏が週1回漢方外来を担当する九州大学病院総合診療科には、コロナ後遺症に苦しむ患者が集まる。すでに紹介元の医師が漢方を処方しているケースもあるが、それでも症状が改善しなかった患者が吉永氏に託される。「漢方医の腕の見せどころです」と胸を張る。

「まずは変化していく病期に合わせて、冷えがあるのか、気血の不足はないか、患者さんの状態を正確に見極めます。その上で、漢方のエキス剤(※1)を組み合わせることも。より効果が出やすい生薬(※2)の粉末を加えたり、煎じ薬(※3)に変えたりと、処方を工夫しています」

そうした細かい調節ができるのは、漢方治療に精通している吉永氏ならではだ。漢方薬を活用する医師は多いが、漢方医学的診断を行って漢方を選択する医師は多くなく、「この症状にはこの漢方」というような一対一対応で処方されることもあるという。複雑に症状が混じり合っている患者に対応できるのは、専門医の高度な技術力があればこそなのである。

※1 複数の生薬を煎じて得た成分を抽出・濃縮し顆粒などに製剤化したもの
※2 植物などの天然物を薬用に加工した漢方薬の材料
※3 複数の生薬を水で煮出し成分を抽出してつくる漢方薬

日々の診療に役立つ漢方の魅力を伝えたい

吉永氏が診療部長を務める飯塚病院の漢方診療科では、年間約1万5000人の外来患者を診ている。他科からの紹介患者も多く、手術後に食欲が落ちているケースや、脳出血の後遺症でめまいを発症しているケースなど、さまざまな相談が持ち込まれる。

現在、同科で力を入れているのが起立性調節障害の漢方治療である。近年の患者の増加に伴い、小児科から依頼されることが増えた。そうしたニーズに応えるために、外来だけでなく入院治療ができるプログラムを作り上げた。

「起立性調節障害の症状である頭痛やめまいは、漢方では“水毒”が原因と考えます。漢方治療に加えて、入院で生活リズムを整えることで症状を改善させます」

全員がすぐに改善するわけではないが、劇的に良くなる患者もいるという。

「全く起きられなかった子が、治療によって日常を取り戻し、病気を乗り越えていく。数年間、治療を続けてきた学生の患者さんから『就職が決まりました』と報告を受けたときは本当にうれしい。子どもたちが成長する姿を見られるのは、医師として大きなやりがいになっています」

地域の総合病院、都市部の大学病院や漢方クリニック、離島や山間部のへき地診療所と、これまでさまざまな環境で漢方診療を実践してきたからこそ、吉永氏はどこでも力を発揮できる漢方の強みを実感している。そんな漢方診療を臨床で適切に取り入れてもらうために、教育、発信活動にも力を尽くしている。

飯塚病院での外来研修を再現した書籍『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス 漢方処方のプロセスがわかる』の刊行をはじめ、母校・自治医科大学の卒業生で地域医療に従事する後輩医師に向けた漢方ウェブセミナーも行っている。また、同大医学教育センター非常勤講師として医学生への漢方教育を担うほか、漢方専門医の診療風景を収録した動画教材の制作にも取り組む。

「漢方は先人たちの知恵の結晶です。それをそのまま受け継ぐだけではなく、現代医療のなかで生かし、効果を確かめながら、次世代が実践できる形で伝えていきたい」

吉永氏の漢方セミナーで学んだ医師たちからは、「全身倦怠感の強い患者さんが元気になった」「マムシにかまれて腫れと熱が引かない患者さんに漢方を処方したら効果があった」と、日々の診療で活用する声がいくつも寄せられる。

「能登半島地震では医療資源が限られるなか、院内にあった漢方を処方して被災地の医療活動に役立った、と知らせてくれた先生もいます」

取材で印象的だったのが、吉永氏が漢方について生き生きと楽しそうに話す姿だ。

「症状が良くなり、患者さんから喜ばれる。漢方診療をしていると、その機会が多いんです」

満面の笑みでそう言うと、「まだまだ、日々勉強です」と目を輝かせた。

P R O F I L E
プロフィール写真

飯塚病院 東洋医学センター 漢方診療科 診療部長
吉永 亮/よしなが・りょう

2004 自治医科大学 医学部 卒業、飯塚病院 臨床研修
2006 福岡県立 嘉穂病院
2007 新宮町 相島診療所
2010 八女市 矢部診療所
2013 飯塚病院 東洋医学センター 漢方診療科
2019 同診療部長

院外役職

自治医科大学医学教育センター 非常勤講師
九州大学病院総合診療科 特別教員(漢方外来担当)
福島県立医科大学 外来講師
六本松漢方内科・頴田病院 非常勤医師

所属学会・専門医

日本東洋医学会漢方専門医・指導医
日本内科学会認定内科医
総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会 プライマリ・ケア指導医・認定医
家庭医療指導医

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2026年11月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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