Regulatory T Cell(制御性T細胞)――2000年に坂口氏が「Cell」誌に書いたレビューで命名した名である(※3)。なぜその名をつけたのか。
「多田氏のSuppressor T Cellsが脳裏をよぎったのは事実です」
どうやら“制御”という語には思い入れがありそうだ。
Tregと命名した前後から坂口夫妻の旅に追い風が吹いてきた。科学技術振興事業団の研究助成“さきがけ21”にパスし、米国から日本へ戻って研究することができるようになった。
「審査員の中に私の研究を追試しとった人がいてね」
日本にも坂口氏のTregを信じるものが増えていたのだ。東京都老人総合研究所を経て、京都大学に教授として迎えられた。Tregの存在証明の次は、医療にどのように応用できるかである。
かつてIgE抗体を発見した石坂公成氏は、「動物実験で分かった仕組みがヒトのアレルギーにも当てはまることを証明するのがわが使命」と語った。坂口氏もそれに倣った。
「ネズミでは分かった、ではヒトではどうなのか」
それまでにTregの抑制や活性は試験管内で実現していた。さらに教子夫人の、自己免疫病の関節リウマチを遺伝的に起こす「SKGマウス」の開発が進んでおり、病気のメカニズムの解明と、Tregの治療への応用が重なりつつあった。だが一つ問題があった。マウスと同様のことをヒトで証明しなければならないのだ。まさか生後3日目のヒトから胸腺を切除することはできない……。
「ところが証明できる病気がありました」
1980年代に記載された遺伝性の病気「IPEX症候群」だ。生後3年以内に炎症性腸疾患や重篤な自己免疫炎症を起こす難病の原因は、Foxp3遺伝子の異常だという研究が2000年に発表された。そこで堀氏らと共に、この遺伝子が変異するとTregが生まれず、暴走する免疫が制御されないために炎症が起きていたことを2003年に突き止めた。
「Foxp3こそがTregを生み出すマスター遺伝子でした」
Tregの発生がヒトの分子レベルで解明された。Tregの作り方や増減方法が分かったことで、信奉者も批判者も中立者も一気に消えた。なぜならTregは誰もが参照すべき免疫学の新しい事実となったからだ。
「頭の中のしかるべきところに落ちて、それを使ってものを考えられるようになるまでには、結構時間がかかるものです」
坂口氏は2011年大阪大学に拠点を移し、2016年に制御性T細胞医薬品の開発を行うレグセル株式会社を設立。外部からファンドも集めている。自己免疫病やアレルギーの免疫的抑制は実用化されつつあり、がんの進行や予後にもTregが関与していることが分かってきた。これからのがん治療も一変するだろう。
坂口氏はなぜここまで来られたのか? 静かに笑みをたたえる彼と「免疫問答」をした。
※3 Regulatory T Cells : Key Controllers of Immunologic Self-Tolerance : Cell, 101 : 455‒458, 2000